万年筆で長い文を書く人

万年筆をいじりはじめたのはレストアを体験してみたかったからで、この歳になるまで一度も思い入れを持ったことはありませんでした。でも、時計もそうでしたけど、いじっているうちに面白みが湧いてくるんですね。じっくり使ってみて初めてわかることは多い。万年筆の場合は、インクと紙の組み合わせによって予想外の表情が生じるのがまず面白いですな。いろいろ買ってきて試してます。紙の種類を増やすだけなら、そんなにお金がかからない点もいい。

じゃあ、筆記具として万年筆を活用しているかというと、そうでもありません。手書きの道具はハイテックCと太めのシャーペンがメインです。50字以上のテキストはパソコンじゃないと書けません。今のところ、万年筆は落書きの道具。

そもそも万年筆って、頻繁なインク補充をせずに長い文を書くことができるから普及したんですよね? 夏目漱石の物欲エッセイ『余と万年筆』(青空文庫)には「墨壺のなかへ筆を浸して新たに書き始める煩しさに堪えなかった」ので万年筆を買ったとあります。当時の状況がよくわかる良い資料ですな。「下手な字をペンでがしがし書く」という表現が今風で面白かったりしたので、まだの方はご一読ください。

IMG_20160810_121604万年筆で長い文を書くのは、ワープロが普及する前は普通でしたよね。先日、埼玉大学で展示されているノーベル物理学賞受賞者の梶田隆章さんの卒論を拝見する機会がありました。ワタクシの最初の感想は「わー、たぶんこれ万年筆で書いてるー」というもので、最近はまずそこに目が行ってしまいます。この卒論は1981年の発表ですな。ちなみにその4年後にワタクシが同じ大学に入り、ノーベル残念賞(ノーベル乾電池を液漏れさせると貰える賞)を授与されます。

なんの話だっけ? あ、そうそう、万年筆で長い文章を書く件でした。昨今は、街を歩いていても、まず万年筆の存在に目が行きます(ひと頃は他人のしている腕時計がとても気になった)。先日、立て続けに、喫茶店で万年筆を手にさらさらと原稿を書いている人を見かけました。女性と男性ひとりずつ。ふたりとも作家風だった。原稿用紙に縦書きで滑らかに書き綴る様子はカッコイイですな。でも、編集者視点で見ると、さらさらの手書き原稿を処理するのは面倒ですな。誰が電子データ化するんでしょ。

ワタクシも80年代には手書きで原稿を書きました。ただし、筆記具は鉛筆。編集部に万年筆ユーザーはいたのかな? 字数の制限が厳しい雑誌原稿を書くので、消して直せる鉛筆を使う人がほとんどだったと思います。そして、1990年にはパソコンへの移行が完了してたはず。万年筆を実用する、あるいは実用している人を間近に見る機会はなかったというわけです。現在は、新鮮な気持ちで万年筆をいじることができています。

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