ソ連最後のクロノグラフ

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イタリア郵便のラベルが貼られた封筒が届き、中から出てきた時計にはMADE IN USSRと書いてありました。一番目立つところにソ連と日本の国旗があしらわれています。1991年4月にゴルバチョフ大統領が来日し、日ソ共同声明が発表されましたが、それを記念して作られたモデルのようです。保守派によるクーデター未遂事件を経てソ連が崩壊したのは同じ年の12月(外務省「日ソ・日露間の平和条約締結交渉」)。ワタクシは勝手にこの時計を「ソ連最後のクロノグラフ」と呼ぶことにしました。

きれいな写真とともに、もう少し詳しくこの時計の背景を説明しているページがあります。サイト全体がこの時計のムーブメントである”Cal.3133″の詳細な解説(a collection of chronographs from the First Moscow Watch Factory – Polmax3133)。凄い情報量! 日本語で読めるもっとざっくりしたPOLJOTの説明はWikipediaにありますな。時計の世界は、マニアックに背景を深堀りしている人がたくさんいて、その成果を追っていると時間がいくらあっても足りません。

実践時計修理

いまパラパラと読んでいるのは、”Practical Watch Repairing“という本です。Kindle版が967円でした。英語だし予想以上に専門的だしかなりの分量なので、気になる図の周辺を読むという読み方です。それでも面白い。疑問に思っていたことが次々と解決されていく感じ。

たとえば、精密ドライバーを研ぐときに、どういう角度で研いで、どういう刃先にすればいいのかわからなかったんです。この本を読んだら第2章の最初でそれが説明されてました。豊富なイラストと具体的な解説で機械式時計の隅々までリペアできるよう教えてくれそう。ブレゲ式オーバーコイルをピンセットでいじってる図なんかもあります。そしてそれがまだ目次の前半ですからね。大変な本かも。

Practical Watch Repairing

改めてまえがきを読むと、なんとこの本、初出は1945年。初版が1946年のようです。レトロ風のイラストだなー、と思ってたんですが、風じゃなくって本物のレトロでした。1960年代と2000年代に再版されたみたい。そしていまKindle版が手に入る。ものすごく息の長い本ですな。

時計モード

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「最近どうしてフナダさんは時計なんすか?」と訊かれることが多いので、簡単にまとめておきます。ちょっと一区切りって感じでもありますし。

はじまりは、自宅の模様替えの最中、引き出しの奥から十代の頃に父からもらったシチズンの自動巻きが出てきたときです。セブンスターV2という機種で、1970年頃に発売された製品。軽く振ってみると、針が動き始めました。古い機械なのに、たいしたもんだ。でも、ケースと風防はキズだらけ。多少の傷跡は自分史の一部として受け入れますが、風防のひっかき傷が大量にあって、文字盤が読みにくいくらいひどかったんです。

で、そのときなんとなく「風防とりかえてみよっかな」と思ったんですね。どうするのが正解か分からなかったので、とりあえずヤフオクで同型機を探してみることにしました。程度のいいやつを見つけて風防を挿げ替える作戦。いきなり自分のをバラすのは怖いので、練習台にしたいという考えもありました。

適当にキーワードを入れて時計カテゴリーをあたり始めたら、想像を超える活発さで古い腕時計がやりとりされているのが分かりました。マニアがたくさんいる気配。少し興味が沸いたので、60年代から70年代の国産時計をつらつら見ていると、当初の目的とは違うけど気になる出品物に遭遇したんです。セイコー・ロードマチックの金メッキモデルの裏蓋に「効績賞表彰記念 日本国有鉄道総裁」と刻印されている個体。そのとき、どういうわけか、どうしてもこれを手に入れていじってみたいという欲求が生じたんです。
(上の写真はそのロードマチックをキレイにした後のもの。メッキが剥げて、ケースのエッジが丸くなっているのは落札時のまま)

ロードマチックについてはSEIKOMATIC Archiveというバイブル級のサイトがありますので、そちらをご覧ください。その著者はロードマチックについてこうまとめています。
『機械式自動巻腕時計の集大成とも言える新機構を搭載し、ビジネスウォッチとして圧倒的な販売実績を残した諏訪工場製の「マチック系」最終製品です』
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1968年に登場したロードマチックは、腕時計市場が機械式からクオーツ式に塗り替えられる時期に活躍した機種と言えるでしょう。1968年=昭和43年の日本はまだ高度経済成長期にあり、ワタクシはカワイイ未就学児でした。そうした背景に思いを巡らせつつ時計をいじっていると、とても味わい深く、時がたつのを忘れます。

ただし、最初に落札したロードマチックを手のひらに乗せたときは、かなり困ったんです。まず、汚い。長期間使われた腕時計には表面だけでなく、隙間という隙間に謎の茶色い物質がこびりついていて、正視できないレベルの汚れ具合だったりします。キズもすごい。ロードマチックはプラスチック風防なので、ひび割れもふつうです。手入れをしようにも、その風防をはずす方法からして分からない。セイコーの古い専用工具を入手するまで手も足も出ませんでした。

とにかく何もわからない状態から、時計整備のやり方を独学するプロセスが始まりました。幸い、時計の場合も、ネット上に先人たちの知識と経験が大量に公開されています。いまはセイコーとシチズンをメインにいじっているので、日本の愛好家たちの精密なレポートがすごく役立ちます。YouTubeで見る動画は時計関連がメインになりました(ウクレレ女子も見ます)。おすすめはWatch Repair Channel。解説は英語ですけど、写真と文章ではなかなか分からない作業の流れや機械の動きがよく理解できます。1本貼っときますか。彼らは夜光塗料の塗り直しをRe Lumeと呼んでいて、なんだか簡単そうにやってる。それを見たら自分でもやりたくなって東急ハンズへ急行しました。

1970年前後の時計をヤフオクで安く買って(平均すると2000円強)、汚ければキレイにし、動かなければ動くようにして、うまくいったら身に着けて出かける(出かける先はいつもと同じ)、というのが最近繰り返しやっていることです。国鉄総裁バージョンのロードマチックは6個買いました。今日までにトータルで44個買って、自分が「使用可」と判断する状態までレストアできたものが26個です。5個は「整備中」で、どれも部品待ちですね。安い同型機か保守部品が出品されるのを待ってます。予算をふんだんに投入すればすぐ手に入るんですが、チープに仕上げるのも楽しみの一部です。44-26-5を計算するとまだ13個あるはずですね。それらは部品取りに回されたか、ムリな分解・組立の犠牲となってむちゃくちゃになっちゃってゴミ箱行きになったものです。ジャンク上等で落札してますから、届いたたものがすでにむちゃくちゃということもときどきあって、一見キレイに見えるけど、それはケースと文字盤だけで、中は空っぽということもありました。そういう個体は数に入れていません。落札した総数は55個くらいでしょうな。ヤフオクで「仕入れ」する手間が進み具合を決めてる感じ。

あ、ここで述べておきますが、ワタクシ、この歳になるまで、時計を日常的に着用する習慣はなかったんです。「腕時計はムダ」と思ってた時期も長い。「じゃあなんで今は時計なのよ?」という問いは自分に対しても繰り返し発しています。とりあえずレストアが楽しいというのは確定なんですが、自分の腕時計そのものに対する興味がどう変化しつつあるのかはまだよくわかってないんですね。

腕時計の歴史の本を読んで過去を調べるとミリタリーとの関係の深さが理解できます。「なるほどそっちにつながるか……」という感覚はあります。それから、ソニーのスマートウオッチを買いました。さっき24mmのNATOストラップが届いたので換装したところです。「スマートウオッチは来るのだろうか?」「来るとしたらどう来るのか?」という思考実験も機械式時計の歯車をつつきながら進めています。成果が出るといいけど、出なくてもいいか。

だいぶ長くなっちゃったので、今日はこのへんで失礼します。さて、風防磨こっと。

時計マンガ

100万円超えの高級時計を買う男ってバカなの?』を読んでます。タイトルは釣り気味ですが、中身はマジメだし面白い。マニアックなおじさんのウンチクを普通感覚の女子漫画家がまとめる手法ですな。精密ドライバーのスイス式の持ち方とか、クロノグラフの使い方とか、自分でも試したくなるネタが入ってます。あ、もちろん、ワタクシが100万円超えの時計を買うことはないです。10万円超えもないよなー。もともと腕時計する習慣ないしなー。(それなのになぜ最近腕時計ばかりいじっているのかについてはまた後日)

100万円超えの高級時計を買う男ってバカなの? (東京カレンダーMOOKS)