内田樹著『街場のメディア論』読了。いちばん面白いと思ったのは、ナチ占領下のヨーロッパ諸国では人々がラジオを組み立ててBBCを聴いていたという話を端緒に「ラジオの部品は安価で入手が簡単です。メカ好きの中学生ならはんだごてを操って組み立てることができる。(中略) 手作りできるかどうかという点で見ると、出版印刷とラジオはその他のメディアに対して、大きなアドバンテージを有しています」と語っている部分。メディアの有用性を考えるとき、「手作り可能性」が重要な指標のひとつであるとしています。その手法を、紙にインクを刷ることやハンダ付けに限定する必要はないと思うのですが、「手作り可能性」という軸は面白いと思いました。
2 thoughts on “手作り可能性”
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その通りですね。
先日、デジタルラジオ(空中波のラジオのデジタル放送化)に対するNHKからのコメント依頼があったのですが、
ノスタルジックな話として一蹴されてしまいそうでしたが、
デジタル派(波?)の真っ只中で、ゲルマニウムラジオで聞けなくなるのは寂しいものだ。
と発言してしまいました。
そこで、この記事、なんだかニヤリとしてしまいました。
今後も中波放送の火は消えないでほしいと思います。そのためには、自分も普段からリスナーとして利用することが大事かな、と思ったりしています。ラジオを買ったり作ったりすると聞きたくなるので、ときどきそうしてます。我が家は米軍放送の電波が強すぎて、分離の悪いラジオだと、聞こえない局が多いのが残念です。