行く手を阻むものたち

行く手を阻むネコ笹目橋を渡っていたんです。荒川に架かっている、人はあまり通らない、全長600メートルの長くて高い橋です。そこの歩道を自転車で走ってました。
橋の中ほどまで来て、前方を見ると、こちらへ向かって歩いている人が見えた。最初はふつうに歩道を歩いていたんだけど、突然ふらりと止まってゆっくりしゃがみはじめた。「靴の紐でも直すのか?」と思っていたら、今度はのっそり寝そべりはじめた。そして、完全に横になった。歩道の幅いっぱいにながながと。自転車1台が通り抜ける余地もなし。「あのー、そんなふうに寝ちゃったら通れないんだけど」と思いつつ、一定ペースで近づいていきました。
しかし、どいてくれる気配はいっさいなし。20メートル、10メートル、5メートル……。近づくと、痩せて日焼けしたおじさんが仰向けに寝ているのがわかりました。1メートル手前で自転車を止め、フレームにまたがった状態でサングラス越しにおじさんの顔を見おろすと、相手もこっちをちらりと見た。そしてすぐ薄目で空を見上げる状態に戻った。ワタクシは数秒間様子を観察し、どくつもりがなさそうなことを確認してから、声をかけました。
「そこどいてくださいよ」
するとすぐ返事。「動けない」
「なんで動けないの?」
「動けない」
「そこに寝てたら通れないんだけど」
「動けないんだよ」
語気は強くないけど、聞く耳持たない態度。じゃっかんロレツが回ってない印象だったので、訊いてみた。
「酔っぱらってるの?」
「酔ってないよ」
「なんで動けないのよ?」
「動けないんだよ」
ワタクシは気が長いほうではありません。この時点で、轢いてくか、くらいのことは考えてました。MTB用のタイヤを履いた自転車だったので、数メートル助走すれば、この痩せたおじさんくらいラクに轢いていけそうでした。
でも、もう少しだけソフトムードで当たってみることにした。
「そんなところに寝てたら危ないじゃない」
「動けないから寝てるんだ」
「だからどうして動けないのかって……」
「熱中症」
「え?」
「熱中症で動けない」
情報が増えました。熱中症だそうです。そこで、最初にひらめいたフレーズを言ってみた。
「お水あげようか? ペットボトル持ってるよ?」
そしたら、それまでと違う反応があらわれた。興味のある表情でこちらを見た。ボトルケージから飲みかけのボルビックを抜いて、寝ているおじさんに差し出した。
すると熱中症で動けないはずのおじさんはすっくと立ち上がって、ボトルを受け取った。そして、脱げかけた靴をなおしながら歩道の端へ行きました。
「すまないね」と、ひとこと言いながら。
このとき、おじさんに対して小さな興味が湧いたのですが、すぐにペダルを踏んで、振り返らずに橋を渡りきりました。
荒川河川敷エリアを自転車で走っていると、ちょっぴり非日常な出来事に遭遇することがあります。

帰り道、成増の坂をえっちらおっちら登っていたら、またしても行く手を阻むものが現れた。虎縞のネコちゃん。悠然と寝そべって睥睨している。こんどの邪魔者はカワイイので写真を撮ってみた。そしたら面倒くさそうに起き上がって、建物の隙間に消えてった。何も渡さずにどいてくれました。