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2001/07/12 01:00 感情8号線

タクシーで環状8号線を北上している間、ひとつのことを考えていました。
結論だけを言葉にするとしたら、時が経つのは悲しい、ということです。
井荻のトンネルを通る間、オレンジ色の照明が視界の端を
飛び去っていって、恐怖に近い時間の流れを感じました。

もちろん、時の経過は悲しいことばかりではなくて、たとえば、何かが
成長するのを見届けるのはうれしいことです。しかし、あるものの成長が、
あるものの老いの代償であるとしたら、どうでしょう。代償というのは
いいすぎかもしれませんが、成長と同時に老いが存在するのは確かです。

輪廻を信じることができれば、この悲しさもやわらぐのでしょうが、
ボクが時間に関して考えるときはどうしてもニヒリズム方面に行きがちで、
すなわち時間軸の先にあるのは虚無であるとしか思えません。
虚無に向かって進む課程で、なにかを懸命にやることに意味があるのか?
どうせ最後は虚無なんだから、やってもやんなくても一緒じゃない?
そんなふうに思ってしまうわけですね。

だからって365日24時間そんなふうに思っているわけじゃありませんよ。
夜中の環八みたいな無機的で殺伐とした空間を機械的に移動していると
陥る状態です。時間が経っていくことのポジティブな意味もあるはずですよね。
夜の公園でベンチに座り、風と木々の音に耳を澄ませているときは、
わりとポジティブになれるかな。

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